さよなら門司高校、さよなら大川さん

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(かなり長文です)

少子化のせいと、過疎化のせいだと思いますが、私の通っていた小学校は統廃合され別の場所に移転しました。高校は統廃合され、公立学校では珍しい中高一貫校になりました。中学校は、統廃合はされてないもののすでに新校舎に移転済です。
中高一貫校の高等部は、私が学んでいた校舎で授業が行われているのですが(卒業生のみなさん今はバスが学校構内までくるそうですよ。スゴイ)、先日、風のうわさで、そこでの授業を止め、将来的に、中等部のある校舎に移転するとの話を聞きました。

同窓会のサイトを見ても、やはりそう書いてました。

これで、私が通っていた、学校の校舎は大学・大学院を除き、幼稚園から高校までなくなることになります。
テレビ番組で懐かしいところを訪れるようなシーンがありますが、それがもう実現不可能とは、何か寂しいです。

それとほぼ同時になのですが、私が以前勤務していた某IT企業のグループ会社(私は、元々都内ではその会社で勤務して、関西に異動する際に、グループ会社転籍してます。)が無くなるというリリースが出てました。

タイトル見れば、どこかはわかりますね…..

特にその会社では、今の起業の原点や色々なエピソードがあるので、少し書きたいと思います。

この会社は、某IT起業の創業者が、ゲーム機など敷居の低い端末を用いてインターネットのネットワークに接続し、世界中の子供を達を結びお互いが仲良しになれば、平和になるというシンプルな発想でビジネスがスタートしたわけです。それで、生まれたのがご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、”DreamCast”です。 この創業者の夢を叶えるマシンとして開発されたものです。
http://www.watch.impress.co.jp/internet/www/column/nbj/20000323/index.htm

半分ネタバレで当時のリンクを載せます。私は当時は携帯電話会社でサービス企画に従事していたので、当時はその会社には勤務してませんが、業界では結構話題にはなってました。子供のおもちゃとはいえ、結構今のデジタルトレンドを先読みしていたのです。ただ、先読みしすぎていたかもしれません。

  • DreamCastを用いたリアルタイムメッセンジャー機能の提供
  • リアルタイムメッセンジャーに関連した機能で、プレゼンス(在籍確認)機能の実装
  • DreamCastの外部メモリーをMP3プレイヤーで活用
  • IP電話サービスの独自提供
これらの実現の為に、自力で、アクセスポイントやネットワークを構築し、パソコンとゲーム機でのチャットも出来るようにしサービス拡大を図っていきました。しかし、世の中では、ゲームソフト自体のコンテンツクオリティを求める方が優先され、結局数年でDreamCastは販売を休止、当時のゲーム市場では、PlayStationが世の中を席巻していくことになります。

2000年7月に癌が発見された後でも、夢の実現の為に必死で闘病されたと伺ってます。2001年3月にはゲーム機の製造中止などの煽りで経営危機に直面していたグループ会社であった、ゲーム機会社に私財の850億円を投じるなど、事業に独自の考え方をもち、2001年3月お亡くなりになります。

その後も、当然根幹になるビジネスがなくなったわけですから、ゲーム機会社もその某企業も大変だったわけです。結局、ゲーム機会社はグループから離れ、別のアミューズメント企業の傘下になります。

某企業は、ビジネスモデルは変えつつ、ゲーム機を購入したユーザーにネットワークサービスを提供し続けました。
それから派生させて、マンション向けのインターネットサービスや、ダーツバー(リアルタイムで全国のスコアが反映されますが、これはこの某社のネットワークサービスがあったからできたことです。)、カラオケの機械に対してのネットワーク接続サービスを提供し始めました。

また、エンターテインメントビジネスの一環として、インディーズ向けに着うたサイトを構築したり、女性ファッション雑誌とタイアップした通販を開始したりと、会社は好転しそうな胎動が生まれてくる際に、ちょうど私は事業企画の部署に入社することになります。(結局すぐに、収益管理や事業買収や会社のミッション策定などに関わる、経営企画の部署に移りました。)

当時は、新たな収益の柱をとのことで色々検討したのですが、いわゆるIT企業のブローカー的な方が(親会社の執行役員だったのですが)、自ら怪しい事業を持ち込んで来ることが多くなりました。私はその採算性やデューデリジェンスを担当してました。

まあ、感性がおかしいというか、元々キャピタル出身だからか、IT的なロードマップをよくご存じなかった方なので苦労しました。
(前職は、皆さんが知っている、大手コンテンツプロバイダーの社長さんですけどね)

結局、トップダウンでその怪しい事業を買収してきました。
月にこの事業だけで3,000万円赤字を出す事業を、数十億のビジネスにすると豪語して買収しました。

そのタイミングで私は、関西に転勤になりますが、その後からが酷かった。
結局そのブローカーさんは、この会社の社長さんになります。

就任後、自らのプライドもあるんでしょうが、この事業を延命させるために、昔のネットワーク事業などを売却していったのです。

この会社の従業員の方は、みんなそれぞれのミッションを持ちつつ、仕事をしてました。
多少の不平不満はあったにせよ、会社のことが好きだったと思います。
創業当時の創業者の想いもちゃんと受け継がれてました。
当時、短期間で経営理念やビジョンなどを社員との対話を通じて策定しましたが、この会社だからこそ出来たと思ってます。

しかし、気づいたら、コアな部分は他に売られ、創業当時の想いを持つ方はかなり減ったと思います。
最後は、創業者の象徴ということで、売却対象になるのです。

大学院の講義の際にも冗談で、ここのグループ企業が、野菜を売っていたとか話をしましたが、
コアビジネスをおろそかにして、事業投資や不動産投資した結果が今の結果です。

当時のブローカーや投資事業した方はもういません。

残ったのは、昔の想いを持った社員だけです。

業界自体も案件が減少していますし、企業イメージもかなり落ちましたから。
これから、しばらくは辛いと思いますが、見守ってます。

当時から今まで、あの時のデューデリジェンスで事業買収を阻止できなかったのか、ずっと思ってます。
あの買収がなければ、社員を1人でも雇用維持できたのではと思うと胸が痛いです。
この想いから、中小企業などで、社員にイキイキ働いてもらうためのモチベーション維持の方法や商品企画手法などを外部に対し安価に研修やコンサルテーション通じて提供することが、自分自身の経験を活かすことができるのではと思い。起業を意識するようになりました。

社内でデューデリジェンスや企画をもんもんとやっているだけでは、自浄作用と言っていいものか悩みますが、そういうバランスが欠けるんですね、そのバランス調整をする役目が今の私のミッションかなあと思ってます。

このブローカーさん、またIT業界で偉そうなこと言っているらしいです。
いやほんと困った困った。

乱筆乱文失礼しました。

しかし、これだけ、さよならするものが多いのは辛いですね。

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